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Peter Agre博士の2003年度ノーベル化学賞受賞


<受賞講演会の後でのスナップ>

右がPeter Agre、左が筆者。

今年のノーベル化学賞は細胞膜のチャネルに関する発見に貢献した、アメリカのPeter Agre教授とRoderick MacKinnon教授に与えられた。Agreは水チャネルを発見し、MacKinnonはイオンチャネルの3次元立体構造と機能を明らかにしたことがその受賞理由である筆者はAgreの水チャネルの研究仲間として今年の12月8日から10日にかけてストックホルムで行われた受賞講演会と授賞式に参加する機会を得たので、その印象も含めて水チャネル研究とAgreの研究について簡単に記す。

アクアポリン水チャネル:
 細胞膜を形成する脂質二重層は基本的に水を通過させないが、いくつかの細胞、例えば赤血球や腎臓上皮細胞では高い水透過性があることが知られており、100年以上前からおそらく特別な通過路、膜蛋白で水だけを通過させる水チャネルが存在するに違いないと考えられていた。Agreは赤血球の研究者であり、赤血球の膜蛋白の解析をしている時に、質量28kDaの未知の蛋白が大量に存在することに気付き、蛋白の部分シークエンスから完全なcDNAクローニングに成功した。当初CHIP28と名付けられたその蛋白は、シークエンスから膜6回貫通蛋白であることが推定され、水チャネルの可能性が考えられた。そしてアフリカツメガエル卵での発現実験によりその可能性が事実であることが証明されたのである。1992年のことである。長く求められていた物質が見つかった瞬間であり、その後この膜蛋白にはアクアポリンaquaporin(AQPと略される)の名前が付けられた。
 水が生命にとって不可欠であり、それの通過路であるアクアポリンは細菌から哺乳類まで普遍的に存在しており、哺乳類には現在までに13種類のアクアポリンが確認されている。水を求めて移動できない植物では30種類以上のアクアポリンが見つかっている。最初に発見されたCHIP28はAQP1となり、腎臓の尿濃縮や、毛細血管、肺、腹膜などでの水輸送に関与していることが明らかにされている。続いて見つかったAQP2は腎臓の集合管に存在し尿濃縮に決定的な役割を果たしており、この遺伝子変異で腎性尿崩症という多飲多尿を示す病気になることが明らかになった。多くのアクアポリンが体内に存在し、水輸送が豊富な臓器には多数の、そして1つの細胞に複数種のアクアポリンが存在することも認められており、アクアポリンは互いに協調しながら働いていると考えられている。なにはともあれ、水という生命に直結する普遍的分子の細胞膜通過路が見つかったことは、生命科学の歴史上1つの大きな出来事であった。

Peter Agreの研究:
 授賞式での受賞理由の説明でも触れられていたが、上記のようにAgreのアクアポリンの発見は狙ったものではなく、ほかのことをやっている時に偶然幸運にも大きな発見をする"serendipity"であり、一方MacKinnonの仕事は狙って大きな賭けに挑戦して成功したものである。これは現代の研究のあり方を如実に示しており、Agreの発見の価値を落とすものでは無い。資料によるとAgreは1949年ミネソタ州の生まれであり、Johns Hopkins大学医学部を卒業し、North Carolina大学で臨床トレーニングを行ったあと、Johns Hopkins大学の内科、生化学教室に属し、教授になり現在に至っている。赤血球の膜蛋白の研究者としての仕事は見事なもので、J Clin Invest, N Engl J Med, Nature, J Biol Chem, Blood, PNASなどに多くの報告をしており、その基礎的にしっかりした研究があってこそアクアポリンの発見につながったことが窺える。AQP1の発見以降の彼が優れていたのは、フレンドリーな性格を生かして多くの研究者と共同研究を推進し、発見して10年しか経たないこの膜蛋白をノーベル賞受賞対象までに育てたことである。一つの研究分野を育てたといって過言でないだろう。

印象:
 受賞講演、授賞式に日本から参加し、サイエンスでの最高の晴れ舞台を間近に見ることができ楽しい経験であった。自分がやっている腎臓の水電解質代謝、特に尿濃縮に関与するアクアポリンがノーベル賞に選ばれたことは、この賞が少し身近に思えてしまった。楽しい研究を真面目にやることの大切さを教えられた旅行であった。

東京医科歯科大学大学院腎臓内科学
佐々木 成